「多様性」はメルカリに限らず、日本社会にとっての課題。CEO 山田進太郎・社外取締役 篠田真貴子が解く対話の重要性

メルカリ代表取締役CEOの山田進太郎と社外取締役の篠田真貴子が、ダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)について語る本対談。前編では、山田が社内の現状を「グローバル化は進められたものの、ジェンダーへの理解は遅れを取っている」と、D&Iの現在地を振り返りました。

後編では、篠田が「自分のなかに昔からあるジェンダーバイアスは、とても意識しにくい」と話します。知らず知らずのうちに自分自身に根付いたバイアスは、組織においても人事や評価の判断に悪影響を及ぼす可能性が高いでしょう。そして、そうした問題はメルカリなどの企業、ひいては日本特有のものではありません。国内外に根強く残るバイアスに対し、個人や組織がどう向き合っていくかは、今後避けて通れない課題です。

メルカリが目指すD&Iのベストプラクティスや、誰もが今日からできるスモールステップを、山田と篠田の対話から探っていきます。

※撮影時のみ、マスクを外しています。

この記事に登場する人


  • 山田進太郎(Shintaro Yamada)

    メルカリ代表取締役CEO(社長)。愛知県瀬戸市生まれ。早稲田大学卒業後、ウノウ設立。「映画生活」「フォト蔵」「まちつく!」などのインターネット・サービスを立上げる。2010年、ウノウをZyngaに売却。2012年退社後、世界一周を経て、2013年2月、株式会社メルカリを創業。

  • 篠田真貴子 (Makiko Shinoda

    メルカリ社外取締役(独立役員)。東京都新宿区生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入社。米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士取得後、マッキンゼー・アンド ・カンパニーにて経営コンサルティングに従事。その後ノバルティス 及びネスレにて、事業部の事業計画や予算の策定・執行、内部管理体制構築、PMIをリードした。2008年にほぼ日入社、取締役CFO管理部長として同社の上場に貢献した。2018年に退任後、充電期間を経て、2020年3月エール取締役に就任。


メルカリの3つのバリューは、D&I抜きでは成立しない

前編では、メルカリのD&Iは一定の成果を出せていながらも、ジェンダー面でまだ改善の余地があることが見えてきました。篠田さんは、今後メルカリのD&Iはどんな進路をとるべきだと思いますか?

篠田:私はそもそも、メルカリが持つ3つのバリューって、D&I抜きでは成立しないものだなと感じているんです。「Go Bold(大胆にやろう)」は、他の人から新しい視点をもらうほうが自分一人で考えるよりもずっと大きくアクションできるという話だし、「All for One(全ては成功のために)」なんてD&Iそのもの。「Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」の精神で専門性を高めれば、属性がどうこうなんて話は自然に薄まっていくとも思っています。プロフェッショナルであることには、性別や国籍、宗教なんて何の関係もないはず。ですから、この3つを愚直に続けていくこととD&Iは、かなりシンクロする話だと思うんです。

―D&Iの前提となるマインドは、すでにメルカリのなかにあったという話ですね。でも、とりわけジェンダーについては、なかなか具体的なアクションがとりきれていませんでした。

篠田:そうですね。ここからは「自分たちの無意識」にまで踏み込む必要があると感じます。ジェンダーバイアスって、どうしても自分たちの意識の深いところに根付いちゃってるんですよ。生まれたときから自分の身体の性別は決まっているし、多かれ少なかれ「男の子だから」「女の子だから」という目線を向けられて育ってきている。人種は外国人とふれあってようやく感じるところだけれど、ジェンダーはもともと誰もの身近にあるから、逆にすごく意識しにくいんですよね。だからこそ、幅広い人たちと対話を重ねて、自分のバイアスに気づく必要がある。

―さまざまな企業ではひとまずのD&I施策として、経営陣やリーダークラスに女性を増やす動きも見られてきていますが…。

篠田:そうやって「女性を入れましょう」「女性の意見も聞かないとね」となるのは、悪いことではないんですが…それだけだと表面的ですよね。会議室に女性の人数が増えたとしても、多数決をとって「はい、女性3男性7で男性の意見に決定です」となっているようなら、まったく意味がない。そういった形だけの状態を脱するには、マジョリティーである男性とマイノリティーである女性がお互いの振る舞いを見て「この人はどうしてこんなふうに考えるんだろう」「自分とは違う言動をとっているけど、どうしてだろう」と探求することに、大きな意義があると感じます。プロフェッショナルとして同じチームにいる相手に興味を持つことが、いろんな理解につながっていくんじゃないかと思いますね。わかりやすいように今は男女の例を出しましたが、男女だけの話でもありません。

メルカリ社外取締役・篠田真貴子

山田結局、D&Iのなかでも“I”、つまりインクルージョンのほうが重要ってことですよね。メルカリでも外国籍のメンバーが増えてきた頃に、日本企業では当たり前の慣習に対して「どうしてメルカリではこうなっているんですか?」と尋ねられて、はじめてその短所が明らかになるケースがいくつもありました。でも、日本人だけでやっているときには気づかないんですよ。Slackで日本語で普通に投稿していたら「自動翻訳を付けるだけじゃ、意味がわからない」という声が出て…そこからパブリックなメッセージは日英併記を徹底したりとか。そういう「どうしてこんなことしてるの?」「意味がわからない」といった主張はとても重要なんですよね。ダイバーシティが進むといろんなハレーションはあるけれど、僕たちはそこに対応していく必要があるわけです。そんなふうに、多様になることによってインクルージョンがはじまるという、その「順番」があるなと感じますね。だから、これからは単に多様性を推進するだけじゃなく、インクルージョンをしっかり考えていきたい。

―今年1月に実施した全社向けのサーベイでも「メルカリをダイバーシティな企業だと思う」人は約72%に対し、「インクルーシブな企業だと思う」人は約56%。おっしゃるような順番の差が、数字にもあらわれています。

山田:いろんな人がいていろんな意見があり、そこから生まれるハレーションを解決していくなかでインクルージョンが進んでいって…。しかも、そういう流れが「All for One」や「Go Bold」にも繋がっていくのは、篠田さんのおっしゃるとおりだなと思います。そういう化学変化のようなものをいかに会社のなかで起こしていくかが、結局のところプロダクトづくりにも大きな影響を与えているんでしょうね。

男性だけでなく女性も。自分のなかにある無意識バイアスへの認識

―D&Iを進めていくには、自分たちのなかにある「無意識バイアス」を認識していかなければいけないことがわかってきました。篠田さんは、自身の原体験からも無意識バイアスを感じることはありましたか?

篠田:自分の新卒時代なんかを振り返ってみても、今だったらありえないようなジェンダーバイアスを受け入れていた経験があります。多少の違和感は覚えていたけれど、その程度なんですよね。もっと言えば「今ならこれはNG」だと思えるように感覚が変化してきたことも、無意識だったりして。

山田:本当にそうです。だから、先日東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長がなさった発言も、あの方が生きてきた常識のなかでは普通であり、無意識だと思うんですよね。僕だって同じような無意識のバイアスを持っていて、やっちゃいけないことをやってしまう可能性は、おおいにある。それこそ過去を振り返れば、小学校の名簿は絶対に男子が先というような世界で育ってきたわけで…。「無意識バイアス」は誰もがもっています。その危うさを理解したうえで、自分には何ができるのかを考えていきたいなと思いました。

メルカリ代表取締役CEO・山田進太郎

篠田:それって実は女性も同じか、むしろそれ以上かもしれませんよね。これまでは社会通念上、男が上で女が下だったから、今の世の中の論調はなんとなく「女性を引き上げてあげましょう」となっています。でもその枠組みがあるために、「男は間違っていて女は正しい」みたいな読み違いも起きやすいと思うんです。これはすごく危険。女性が必ずしも正しいわけではないし、女性も自分自身にバイアスをかけている可能性が十分あります。

―女性が自分自身にかけるバイアス、とは?

篠田:たとえば、さっき進太郎さんが名簿の話をされましたけれど、同じように男女順の名簿で生きてきた女性はたくさんいらっしゃいますよね。そういう経験の積み重ねは、きっと女性の生き方にも影響しているんです。極端にいえば、自分は女性だから「動機」を持てなくて、男性の「動機」を支えるのが役割だ、というような思い込みがあるのではないか、とか。

―女性は主人公ではなくて誰かのサポートに徹するようなスタンスですね。

篠田:昭和のホームドラマなんかでも、酔っぱらったお父さんが「てやんでぇ」って暴力をふるったりしますよね。お母さんは「お父さんやめてください」「子どもたちは向こうで寝てなさいね」などと言うだけで、絶対に「ふざけんな、自分の機嫌くらい自分で取れ」なんてことは言い返さない。自分の気持ちはグッと堪え、家族を大事にするんです。このようなステレオタイプは女性のなかにもたぶん残っていて…それを職場に持ち込むと、プロフェッショナルとして仕事をしようとしているはずなのに、役割を果たしきれないバイアスにかかってしまう。だからこそ組織には、女性を引き上げるための具体的なポジティブアクションが必要だって話にもなるんです。でも、周りにアクションしてもらうだけでなく、女性自身も自分のバイアスに自覚的でないといけませんよね。ただ、それを女性にばかり「自分がすべきことを見つめなさい」と言うのは乱暴だとわかってもいつつ…。

山田:女性は女性なりに、男性は男性なりに、無意識のバイアスがあるものだと自覚をしておくだけでも、意識は変わりそうですよね。先ほどの(前編の)キャシー松井さんの例で「女性は自分の業績をアピールしない」という話がありました。であれば、上司は女性の部下からちゃんと話を引き出す必要がある。

―それぞれ自覚することで、ある程度の対策が打てるようになるわけですね。

山田:そうですね。たとえば同じようなプロフィールを見たときに、男性のものだと「元気があっていいな」と思うのに、女性だと「我が強いな」って感じたとします。そこで「自分にもバイアスがかかっている」と自覚していれば、その感覚をなるべく律したうえで正当なコミュニケーションや評価をする、みたいなこともできるようになっていくはず。だからジェンダーに限らず、他の属性が異なる人たちも含めて、お互いにどこが違っていてどんな傾向があるかを意識していかなきゃいけないんだと思います。

補助線を引きながら、対話を重ねて理解し合っていく

―進太郎さんと篠田さんが、自らの「無意識バイアス」を外すために心がけていることはありますか?

山田:僕は「話すこと」ですかね。今はなにか地雷を踏んでしまうかもしれないと思うあまり、女性と距離をとってしまっているところがあって。これはジェンダーに限らず、D&Iの話題を避けてしまうこともそうですが。本当は、属性の異なる者同士が話すことで意見の違いをわかり合えたり、この先どうすればいいのかを一緒に考えたりできるはずなんですよね。だから、やっぱりお互いに対話する機会が重要なのかなと思っています。前編でお話ししたとおり、メルカリとしても「D&I Council」という組織横断型の社内委員会を通じて、そういう場づくりをしたいと考えています。

篠田:対話が大事というのは、おっしゃるとおりですね。ちゃんと話すことに加えて「それぞれこんな傾向がある」という研究結果や「こうやって対話をするとうまくいく」というスキルなどの全体的な知識を持てたら、さらにいいなと思います。ありのままの自分だけではちょっと議論が難しいテーマだからこそ、話の補助線になるような材料があると助かる。「あなたのここがよくないよ」と責めるのではなくて、「自分ってどうなのかな?」と顧みるための対話ができる。そんな場が常にあれば、とてもいいと思いました。D&Iは「個」「チーム」「組織」みたいにレイヤーの異なるもの同士がぶつかるから、混乱を招きやすいんですよね。それがまた、この課題の面白さでもあり難しさでもあるんですが…。

―個人としても組織としても、対話を大切にしていく。仕組みづくりがうまくいけば、かなりいい影響が得られそうです。

篠田:FacebookやGoogle、ほかのシリコンバレーの会社や老舗企業でも取り入れている手法に「自分のバイアスを知る」というトレーニングがあるんです。D&Iの最初のステップを「ダイバーシティとは何であるか」「無意識バイアスは何であるか」を知ることだとしたら、次に「自分は何に対してどのくらいバイアスがあるのか」を知るステップを設ける。「自分にも少しバイアスがありそうだ」とは思っているんだけど、実際に数字でその度合いが出てくると、結構ぎょっと驚くんですよね。でも、バイアスとはそもそも人間の判断能力のひとつなので、それ自体は決して悪いことではありません。職場の人事や評価といった場面で、良くない影響が出てしまいがちなだけ。逆にいえば、バイアスが悪影響を及ぼすのは、特定のケースだともとらえられます。だから自分のバイアスを数値で確認しても、極端に恥じることなく「そういうものだよね」といったん受け止めて、その先に繋げていけばいいんじゃないでしょうか。成果を出している企業は、そういう取り組みを長年続けていたりしますね。

山田:メルカリでも無意識バイアスワークショップを実施しており、その研修資料をD&Iページにて公開しています。こういう取り組みを通じて、一歩ずつ社会全体を良い方向へ変えていきたいですね。

少しずつでも日本を変えていくための、組織や個人のプラクティス

―さまざまなバイアスが根深く残っていてD&Iがなかなか進まないのは、メルカリだけの課題ではありません。多くの企業、ひいては日本社会が抱えている課題でもありますよね。

山田:そう思います。だからこそ、メルカリは「自分たちはこう思う」というところをきちんと社内で確立し、そこに向かって継続的に努力をしていきたい。そうやってベストプラクティスをつくり、サービスが良くなれば、業績にも跳ね返ってくるはずです。誰もが能力を発揮でき、そのうえで競争力が保たれている組織を、僕たちが率先して行動し、つくっていくしか道はないんですよね。

篠田:今の日本ではまだ、そこまでD&Iに対する切迫感を持ちにくいのかもしれません。でも、メルカリをグローバルで成功させていこうと考えたら、今後の採用方法は今まで以上に重要になっていきます。世界で通用する人のほうから「メルカリに入りたいです」と言ってもらえなければ、こちらから優秀な人材を探すのはどんどん大変になる。そうすると、自分のことをいわゆる「マイノリティ」だと感じている人たちに、「ここだったら遠慮なく自分の力を発揮できる」と思ってもらうことの重要度は、さらに増していくんですよね。

山田:D&Iに対する意識は、国内でも企業によって差があると思いますね。たとえばメガベンチャーは、国も人種も宗教も全部違う世界の人たちに向けてサービスをつくっているので、やっぱりそこへの意識が高い。そういう会社のインクルーシブな環境が漏れ伝わってくると、能力のある方々はそこに流れていって当然だろうなと思います。だから、そこでメルカリが選ばれる存在になるためには、相当頑張っていかなくちゃいけません。空気が自然に変わっていければ一番いいけれど、それは難しいから、ある程度は意識的にそう持っていく意志が問われているなと感じています。

篠田:そのために、個人でもやっぱりもっと勉強しなくちゃいけないと思いましたね。誰かの発言が不適切と取り上げられるということは、そこに課題を感じる人が多くいるということですよね。個人として思うところはあるし、友達同士で愚痴を言い合うのもいいんだけど、そもそもこの課題が何なのかをもっと深く考えて、理解していきたいですね。

山田:そういう意味で今自分のできることを考えたとき、僕はやっぱり起業家だから、メルカリのなかでどうD&Iを進めていくかだと思ったんです。僕は普段、政治的なツイートは一切しないようにしてるんですよ。でも先ほど話した発言については、どうしても看過できず、Twitterに意見をつぶやいたら、いろんな反応があって。うれしかった半面、これはやっぱり今の私たちにとってすごく大きな問題なんだなって感じました。

篠田:議論が進むとは、まさにそういうことですよね。この議論は多様性を理解し合うためのものであって、意見の一致を探るための議論ではないと感じています。だから収束することはないし、むしろ収束させずに続けていくべきであって。身近な友人や同僚と話してみるだけでもいいから、こういうテーマを途切れさせないことは、今日からできるD&Iへの一歩だと感じますね。でも、5年前や10年前だったら、こんなに意見は飛び交ってないですよ。自分の考えを表明することの土壌が豊かになってきているのには、すごく希望を感じました。そして、メルカリもその一助になっていると思います。

山田:今までやってきたことが、多少結果に繋がってきているならうれしいですね。僕はこれからのことも悲観はしていなくて、時間はかかっても解決できる課題だと思っています。10年、20年と時間は必要だと思うけれど…みんなの社会の「当たり前」も時間をかけてこれまで変わってきたのだから。もちろん、変えるための努力を、引き続き尽くしていきたいと思っています。

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